幸福を求める動き

国連が2015年に発表した、世界幸福度ランキングによれば、日本の幸福度は46位なのだそうです。この順位を高いとみなすか、低いとみなすかは人それぞれだと思いますし、そもそも幸福などというものがランキングできるのかというのは当然疑問ですので、もちろん、この結果をそのまま鵜呑みにすることはできません。けれど、この調査を見て、幸福というのはなんなのかと、考えさせられます。
日本は世界3位の経済大国だといわれています。それと比べると幸福度の結果は低いといわざるを得ません。実際日本人で、どれだけの人が「自分たちは幸福だ」と感じているのでしょうか。実感としてはそれほど多くの人は感じていないように思います。そしてこの、経済力と幸福度の差を、多くの人が感じ始めているように思えます。
日本の経済力は少し前まで2位だったのが、中国に抜かれて3位になりました。でも、世界2位の座をなんとしてでも取り戻そう、と考えている人はあまりいないのではないでしょうか。「経済力世界2位に返り咲いたからといって、それが幸福に結びつくとは限らない」と多くの人が実感しているのだと思います。
幸福度を表す指標として、ブータンのGNH(国民総幸福量)というのが有名ですが、日本でも、たとえば荒川区はGAH(荒川区民総幸福度)という指標を作って、幸福とはなにか、どうしたら人は幸福になれるのか、という問題について取り組んでいるようです。こうした動きは、経済的に成熟した日本の社会が、より深く、人間というものに目を向け始めたことを示しているようにも思えます。
我々の実践している臨床心理学は、学問でもあるため、幸福という定義しずらいものを扱うことはまれですが、それでも究極的には人間の幸福に資するためのものでしょう。そもそも、本当に幸福について考えようとすれば、人間のこころの理解は外せません。今まで、目に見えないこころという、これまた曖昧なものを扱う臨床心理学は、ある意味ではわかりにくく、社会から等閑視されがちでしたが、上にあげたような社会の動があるとすると、臨床心理学はとても重要な役割を担うことになるかもしれません。